人材定着のための具体的な処方(15)

4月は、私共にとってはバタバタとする時期でもあります。お客様の企業に新入社員が入社し、社会保険や雇用保険の手続が増えます。昨今は、手続きと言えばすべて電子申請です。年金事務所やハローワークは手が一杯でなかなか手続きが進みません。DXとはいえ、まだまだ人の手によっているのが実情でしょう。弊所においても、DXをどのように進めていくのかが、今後の課題です。

 

さて、今回は、障害者の雇用について考えてみましょう。障害者とは障害者基本法において「身体障害、知的障害又は精神障害があるため、継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者」と定義されています。このことの意味するところは非常に重要です。障害者と健常者の違いは、日常生活や社会生活における制限の程度の違いであるだけであるということです。健常者であっても人には様々な制限があります。分かりやすい例として、高齢者が運動機能において若者よりも制限を受けます。また、骨折などをしたときに大きく行動が制限されるのもそういう例です。高齢者や骨折をした人に対して、その制限があることを理由として差別をする人はあまりいないでしょう。つまり、障害者もそれらの人と同様に何らかの制限がある、ただし、その制限が一時的なものであるのか、長期にわたるものなのかの違いだけです。従って、障害者が健常者と差別される理由はどこにもありません。それどころか、支援をすることで一緒により良い人生を歩む必要のある同朋なのです。

 

しかし、就労の場においては、障害者に対する差別が多くみてとれます。その理由は、障害者に任せる仕事がない、労働条件をどのようにしたらよいか分からないと言う障害者に対する知識や理解不足に起因する雇用の躊躇です。我が国では、障害者雇用促進法において企業における障害者の雇用率を定めています。令和6年4月から雇用率が2.5%と定められました。つまり、企業においては40人に1人の割合で障害者を雇用することが義務付けられているのです。この2.5%の雇用率を法定雇用率と言いますが、法定雇用率を達成していない企業に対しては、いわゆるペナルティーが有ります。現在は、常用労働者(週の所定労働時間が30時間以上の労働者及び週の所定労働時間が20時間以上30時間未満の労働者(短時間労働者)、ただし、短時間労働者は、人数をカウントする場合に0.5人として数える)100人以上の企業に対して「障害者雇用納付金」という制度に基づき、法令雇用率に満たない人数に対して月額50,000円を納付するようになっています。常用労働者数が200人の企業であれば、障害者は5人以上雇用する義務があります。仮に1人も雇用していないのであれば、年間で月額50,000円×12ヵ月×5人=3,000,000万円の雇用納付金を納めなければなりません。更に、法定雇用率を達成していない企業は、企業名を公表されるというペナルティーもあります。大企業においては、「社会的責任(CSR)」として障害者雇用に取り組むんでいますが、企業名を公表されることを嫌うということも動機の一つとなっているのではないでしょうか。これに対して、中堅・中小企業においては、大企業ほど法定雇用率を達成していないのが実情です。その理由は、先程述べたとおりですが、現状として、障害者雇用納付金を納付しているのは中堅・中小企業であり、大企業はその納付基金から障害者雇用調整金を受け取っているという構図になります。障害者雇用調整金は、常用労働者100人以上の企業に対して、法定雇用率を超える障害者を雇用している場合に月額29,000円を障害者雇用納付金から支給する制度です。障害者雇用納付金は法定雇用率を達成していない企業に対するムチであり、障害者雇用調整金は達成した企業にとってはアメであるということです。アメとムチによって障害者雇用を促進しようという考えにはあまり賛同できませんが、それにより障害者雇用が促進されるのであれば、手段の如何は問わず、結果としては良いのでしょう。大企業においては、様々な部署や仕事が有り、障害者に任せられる仕事も多いのでしょう。しかし、中小企業においては難しい問題であることは事実です。

 

そこで、中小企業において障害者が生き生きと働ける環境をどのように整備するかを真剣に考える必要があります。障害者は健常者よりも制限や制約が多い分、仕事の仕方や就業環境に配慮する必要があります。障害者雇用促進法においては、雇用管理上の配慮が事業主に義務付けられています。車いすの利用者に対しては段差のない床面にするとか、知的障碍者に対して就業時間を一般の従業員よりも短時間に設定する等の例があります。しかし、何よりも大切なことは、障害者は自分と同じ人権を享受できる仲間であるとの理解を職場において当然のように共有することです。中小企業において障害者雇用に取り組んでみたが上手く行かなかったケースでは、この理解不足が原因であることが多くあるのではないかと思います。弊所のお客様においても従業員の理解不足により、双方にとって不幸な結果となった事例がいくつかあります。

 

理解促進は、実は、障害者に限ったことではないと私は考えています。自分と他人は考え方も価値観も異なります。人間は集団を形成しなければ生きていけないのですが、そのためには、自分と異なる者を受入れなければ集団の維持をすることはできません。職場におけるパワーハラスメントは、自分と異なる者を排除するという心理から起こることが多数です。本能的に異物を排除するのは、自己の生存のために必要なことかもしれませんが、言語を持つわれわれ人間は、相手との違いを受入れ、承認することにより共生することができます。そのような視点に立てば、障害者であろうと健常者であろうと、自分とは異なる他人であり、その他人の考えや価値観を承認し共生することは当然です。そのためには、相手に対する理解を促進する必要があることも、また当然のことです。まずは、職場において、障害の種類に応じた特性を知り、同じ人権を享受する主体であるとの前提に立った接し方などを共有することから始める必要があります。雇用管理上の配慮ばかりに目が向き、基本的な他者承認の過程をスルーしてしまっては、障害者雇用は実のあるものとはならないでしょう。経営者が先頭に立ち、障害者とともに働ける職場作りを明確にして、従業員の障害者に対する理解を深め、その上で、担当してもらう業務の選定や労働条件のけってなどに取り組むことが重要であると考えます。