人材定着のための具体的な処方(17)

ゴールデンウィークに入りました。天気も良く、行楽日和となりそうです。日頃のストレスを発散できると良いですが、子供や孫と付き合うことでかえって疲れてしまう?こともあるかもしれません。脳だけはしっかりと休めたいものです。

 

さて、今回は、労務監査について考えてみましょう。労務監査という言葉をお聴きになったことがある方は非常に少ないのではないでしょうか。会計監査は監査法人などが実施しますが、人事労務に関しても人事管理、労務管理が適切になされているかを労務監査として実施します。従来は、余り取りざたされてきませんでしたが、最近は中小企業においてもM&Aが増加しているために、労務監査の必要性が認識されてきました。要は、買収した企業が人事管理、労務管理において問題があった場合に、買収した側の企業にとって大きな損失となる可能性があるからです。

 

労務監査は企業の自己統治能力と説明責任能力を担保するために起業に求められるものです。労務監査の構成は、⑴労務コンプライアンス⑵人材ポートフォリオからなります。

⑴労務コンプライアンスの対象となる項目は、①経営の執行に関するもの②労務の遂行に関するものに大別されます。「経営の執行に関するもの」は、組織規定や職務分掌規程、職務権限規程、職務記述書などが有ります。「労務の遂行に関するもの」は、就業規則、労働契約書、労使協定、賃金台帳、労働者名簿などが有ります。⑵人材ポートフォリオの対象となる項目は、企業の各部門の人材の能力の把握、評価など及びそれらに基づく人員配置です。これらを対象に、付加価値率や労働分配率、労働生産性などについて評価を行います。

何となく難しそうな感じがしませんか?実際には、労務コンプライアンスが中心で行われることが多いようです。労務コンプライアンスで重要視されるのは、①賃金の未払いの有無②長時間労と労働時間管理③就業規則や労使協定の運用状況④安全衛生管理⑤ハラスメント対策などでしょう。これらは、日常的に目にする言葉であると同時に、頻繁にトラブルとして顕在化するリスクでもあります。M&Aを行う場合、賃金の未払いは買収される企業の価値に大きな影響を与えます。現在は、未払い賃金の労働基準法上の消滅時効は3年となっています。つまり、賃金の未払いは3年間遡って支払いを請求されることとなります。仮の話になりますが、従業員150名の企業を10億円で買収する場合、管理監督者として残業代や休日出勤手当を支払っていなかった課長職以上の役職者が20人いたとしましょう。残業代の基礎となる賃金が1人平均40万円、月の平均残業時間が40時間、休日出勤が月に2日であった場合、1人の1ヵ月の未払い残業代は、165,000円程度になります。20人の36ヵ月だとすると1億1,880万円にもなります。予算10億の価値が1億1,880万円減額されて8億8,120万円になってしまいます。

 

長時間労働と労働時間管理についても適切に行われていない場合には、上記のような未払い残業代が発生するリスクがあります。更に、現時点では発症していないけれども長時間労働による心疾患や脳血管疾患の発病リスクが高いことも考えられます。このことは、貴重な労働力を失うばかりではなく、労働契約法第5条に定める安全配慮義務違反に問われ、多額の賠償責任を負うことにもつながりかねません。また、就業規則や労使協定の運用状況も適切な管理がなされていないと大きなリスクが伴います。中小企業では労働組合の無いことがほとんどですが、その場合には、労使協定の締結や就業規則の意見聴取のために、労働者の過半数代表を選任する必要があります。この選任手続が適切に行われていない場合、非常に大きなリスクが顕在化します。残業や休日出勤をさせるための免罰効果を得られる36協定ですが、協定当事者である労働者の過半数代表が適切に専任されていない場合、36協定は無効となります。つまり、使用者は労働基準法第32条の法定労働時間を遵守しなかったということで罰則が適用されます。仮に、1年単位の変形労働時間制を適用している場合、こちらも労使協定の締結と届出が効力発生要件になりますので、適切な労働者過半数代表を選任していないと無効となります。この場合も労働基準法第32条違反となると同時に第24条の賃金の規定にも違反することとなります。1年単位の変形労働時間制を採用する場合は、1日又は1週間の所定労働時間を法定労働時間よりも長くするために行うので、労使協定が無効となった場合、本来支払うはずの時間外割増などが支払われていないこととなるからです。安全衛生管理及びハラスメント対策についても、適切な管理運用がなされていない場合には、様々なリスクを抱えることとなります。

 

人材ポートフォリオは、タレントマネジメントを適切に行うことがその要諦となります。どの労働者がどのような能力や資格を保有しているのかを能力の評価などを通して適切に行うことが求められます。その上で、適材適所の観点から、どの部署に配置するのが効率的なのか、本人のモチベーション向上につながるのか、成果を挙げやすいのかなどを検討する必要があります。人員配置で気を付けたいのは、優秀な労働者ばかり集めてもうまくはいかない、人件費ばかりが高騰する等の問題を適切に認識することです。スーパースターばかりを集めてもチームはうまく回りません。人材育成も念頭に置いた配置が必要になることは言うまでもありません。

 

労務監査はこのように企業の健康診断的な側面を持っています。M&Aに限らず、定期的に労務監査を行い、企業の健康診断を行うことは、健全な経営を維持するためには必要なことでしょう。従業員が働きやすい職場であると同時に、法令を遵守した経営は、社会からも大いに評価せれることとなります。皆様におかれましても、一度、社会保険労務士による労務監査を実施されては如何でしょう。