人材定着のための具体的な処方(23)

ブログを始めてから4年目に入りました。1年間で52回、3年で156回、毎日ブログを更新する方には及びませんが、自分なりによくやったと感じています。社労士が、ブログで自分の考えを公表することは決して悪くはありませんが、社労士法を遵守した姿勢が求められます。面白おかしい内容にすることで労働者の権利を侵害したり、事業主のプライバシーを公表したりすることになりはしないかと気を遣います。時には、そのような事情から継続を断念しようかとも思いましたが、何とか続けてこられました。継続は力なりですね。

 

さて、今回は、退職勧奨について考えてみましょう。日本では「客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められない場合には権利の濫用として解雇は無効とする」という労働契約法第16条が有り、解雇をすることが比較的困難であると言われています。確かに、企業にとっては、社会的責任や評判など、解雇権濫用法理の他にも解雇に対して慎重な姿勢を取らざるを得ない事情もあるでしょう。そこで解雇における金銭解決を法制化することが検討されているわけです。ただし、金銭解決はあくまでも解雇権濫用法理を前提として、労働者救済制度として整備しようということです。

 

私共にも解雇に関する相談を数多く寄せられますが、実際には、解雇ではなく退職勧奨による合意退職で退職するケースが多いように思います。では、退職勧奨とはどのような法的な性格を持ち、実務ではどのように進めていくのかについてご説明しましょう。

退職勧奨は、事業主が労働者に対して退職を勧めることを言い、法的には契約の合意解除に至る過程での誘因にすぎません。つまり、使用者側からの「双方の合意の下、退職してはどうか」という提案に対する労働者の意思決定を促すものです。そうすると、退職勧奨を受けた労働者は、あくまでも自由な意思の下、自己の決定が尊重される立場にあります。労働者が退職する意思がないと表明すれば、それで終わりです。「労働者の自由な意思」が尊重されなければならないため、脅迫や強要などがあってはなりません。退職勧奨は、法的な拘束力を持たない単なる労働者に対する働きかけでしかないわけです。

 

では、何故、我々が解雇ではなく退職勧奨による合意退職を勧めるのか?というと、まず第一に解雇は、解雇権濫用法理に適合しなければ無効であるという根拠となっている、解雇による労働者の生活基盤の喪失に対して使用者は慎重でなければならないということです。

次に、退職勧奨を行うことにより、労働者に改善すべき点に気づいてもらうということです。

退職勧奨は、法的拘束力を持たないが故に、労働者が自己決定をする機会が確保されています。自己の日常を振り返り、改善すべき点に気づき、使用者との話し合いで改善策を提示し雇用関係を継続することができれば、労使双方にとってメリットが大きいでしょう。人手不足の現在、新規採用はなかなかに困難です。既存の従業員がより良き人材として成長してくれるならば、それに越したことはありません。

 

退職勧奨を実務として進めていくには、次の手順になります。まず、具体的に退職勧奨をする理由を特定します。単に、経営者の言うことを聞かないなどと言うのではなく、就業規則に基づき職場秩序を乱す言動が頻繁にあり注意や指導をしても改善しない、教育を施しても本人に向上意欲がなく、教育の成果が得られないなど、相当の理由が必要となります。

次に、退職をする場合の労働者の生活基盤の維持のために会社として協力できることがないかを検討します。例えば、退職金の割り増しや、再就職先のあっせんなどです。解雇したい従業員にそこまでする必要があるか?と思われると思いますが、解雇は通常、普通解雇を指します。普通解雇の事由は、就業規則などに能力不足や職場秩序の維持、傷病による労働債務の不履行などが定められています。これに対し、懲戒解雇は職場規律違反を主な解雇事由としており、主に罰則としての性格を持ち、普通解雇とは性格が異なります。普通解雇により生活の基盤を失う労働者に対する使用者の配慮は、30日前の解雇予告や解雇予告手当など労働基準法により定められています。更に、普通解雇の場合には通常、退職金が支給されます。つまり、退職勧奨による合意退職であっても、一定の退職後の資金を確保できるように配慮することが必要です。

更に進んで、実際に退職を提案するわけですが、このときに、大人数で対応したり、威圧的な態度を取ることは、労働者に対する強要又は脅迫となる恐れがありますので、責任ある地位の労働者本人をよく知る者が労働者と1対1で臨むのが良いでしょう。退職勧奨に至った理由を具体的に説明し、改善の余地がないのかを労働者に求め、退職を想定している日程、退職に当たって会社が配慮する事項などについて説明を行います。1週間から2週間程度の回答期限を設け、決して退職を強要しない旨も伝えます。退職を想定している日程や会社が配慮する事項などについては、書面で提示するのが好ましいでしょう。

期限までに労働者が退職を合意しない旨の回答を示した場合には、具体的な改善策を求めてそれについて会社と労働者で協議をすると良いでしょう。それでも尚、改善が見られない場合は、再度、同一の理由により退職勧奨を行います。2度程度の退職勧奨は、労働者の意思決定を阻害するとまでは言えないと思いますので、許容されると考えます。しかし、それを上回る複数回の退職勧奨は、退職の強要とされる恐れが濃厚ですから控えるべきです。

 

結論として、退職勧奨では、退職の合意に至らないことも多々あります。しかし、労働者が、反省すべき点に気づき、改善するケースも多く、使用者側からの一方的な解雇と異なり、労使双方にとってメリットがあります。また、退職勧奨を受けたことにより、自己を反省し、異なる職場で再起を期す労働者もおり、そう言った意味からは、退職勧奨の有用性は十分にあるのではと考えています。