人材定着のための具体的な処方(26)

さて、今回は、セクハラについて考えてみましょう。セクハラは、ずいぶん昔になりますが、福岡の出版社に勤める女性が、上司から男性関係が乱れているとか、取引先の男性と特別な関係にあるという噂を社内で言いふらされたり、不利益な取り扱いを受けたりしたことで女性労働者が退職せざるを得なくなり、訴えを起こした事件をきっかけに、一般にセクシュアルハラスメントという言葉が知られるようになり、その後に男女雇用機会均等法にセクシュアルハラスメントに関する規程が整備されることとなりました。

職場におけるセクシュアルハラスメントは、「職場」において行われる、「労働者」の意に反する「性的な言動」に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件について不利益を受けたり、「性的な言動」により就業環境が害されることです。「性的な言動」について、我々中高年は、いわゆる「エッチなコト」を想像しますが、実は、性的の意味は、男女という性別に由来するもの全てを含みます。「男らしく」「女らしく」などと言うのも「性的な言動」であり、それにより仕事に対する意欲が減退するような場合もセクハラに該当します。特に昨今は、LGBTQと言った性的指向や性的自認におけるマイノリティーの人々もその人権を尊重されるべきであるという至極全うな考えが普遍性を持ってきています。肉体は、男性であっても、心は女性であるような場合に、男らしさを求められることは大変な苦痛でしょう。広く、セクハラに対する知識が普及することが必要と思います。

 

先日、セクハラに関する勉強会の講師をしたときに、女性が髪を切ったときに、「髪を切ったんだね」と男性が声をかけることがセクハラに該当するかどうかについて話し合ってもらいました。男性からは、「単に髪を切った事実を述べただけだからセクハラではない」という意見が出ました。女性からは、「多くのケースでセクハラと感じる」との意見でした。好意を抱いていない相手に言われたり、可愛いとか奇麗等の評価が一緒になった場合には特にセクハラと感じるとのことでした。この受け止め方の違いが、セクハラを生む温床となっているのではないかと思います。セクハラには、対価型セクハラと環境型セクハラが有り、対価型セクハラは、性的行為を強要され、それを断ったために就業上不利益な取り扱いを受けるようなものであり、環境型セクハラは、体に触れられて苦痛に感じたり、性的な関係を吹聴されたりするようなことにより就業環境を害されるものです。

 

対価型セクハラは、比較的明確にセクハラと分かりますが、環境型セクハラは、被害者の感情に左右されることが多いのではないかと思います。厚生労働省は「平均的な女性労働者」「平均的な男性労働者」の感じ方をセクハラかどうかの基準とするとしていますが、平均的な女性労働者がどのように感じるかということは、実際には個人差がありなかなか判断が付きにくいものです。そういったことから、セクハラは、パワハラと比べて受け止める側の感じ方によりセクハラかどうかが決まり易いと言えるのではないでしょうか。

そうであるならば、何がセクハラに該当するかということをしっかりと知り、セクハラは職場にあってはならないものであるとの共通認識を従業員全員が持つことで予防することが重要になります。疑わしいことはしない、というのがセクハラの予防として一番でしょう。セクハラやパワハラがあったことにより職場での生産性が下がる、人材が流出するなど企業にとっては損失であるということが言われますが、それは事実であるけれども、それ以上に重要なことは、労働者の基本的人権が侵害されることがあってはならないということです。職場は、労働者にとって生活の糧を得る生命線であり、同時に社会とかかわり、自己実現をする生きがいの場でもあります。そこで、事業主に対して、セクハラやパワハラがあったときや予防をするために講ずべき措置が法律で定められている訳です。男女雇用機会均等法第11条において「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」と定めています。よく勘違いされるのが、男女雇用機会均等法でセクハラをした行為者が罰せられるということです。均等法では、あくまでも事業主に対して必要な措置を求めているのであり、行為者を罰する規定はありません。行為者は、不法行為を行ったものとして民法の不法行為責任を負わされることとなったり、刑法に定める強制わいせつ罪や名誉棄損罪に問われるのです。使用者である事業主は、均等法における必要な措置を講じない場合には、民法の債務不履行責任を負わされたり、労働契約法の安全配慮義務違反に問われたりします。いずれにしても、セクハラやパワハラなどのハラスメントは、何も生み出すことはありません。働く人々の幸福追求権を阻害するものでしかないのです。セクハラやパワハラは企業風土に大きく左右されます。風通しの良い企業風土を醸成することがハラスメントの防止に大いに役に立つのではないかと思います。