最近、労働基準監督署の事業所への調査案件が増えています。先月は、毎週2件以上の立ち合いをしました。無作為調査であったり、労働者からの申告が合った調査であったりと様々でしたが、コロナ禍において、監督署も事業所への調査が滞っていたのが原因かもしれません。いずれにせよ、適切な労務管理を心掛けている事業所では、大きな問題もなく監督官との良い情報交換の場となったようです。
さて、今回は、7月19日に開催いたします弊所セミナーのテーマである「問題社員への対応」から「問題社員」とはどのような社員なのかを考えてみたいと思います。使用者と労働者は、労働契約を締結し雇用関係に入っていきます。民法には第623条に雇用契約が定められています。労働契約法には第3条において労働契約が定められています。雇用契約と労働契約は同じものでしょうか?概ね同じものと解釈できますが、雇用契約は労働契約よりも労働に従事する者の対象が広いという違いがあります。労働契約は、雇用契約に労働者保護の観点を導入した概念と考えればよいかもしれません。一般に、会社などが従業員を雇用する場合には、労働契約と呼ぶことが多いようです。従って、このブログでは、労働契約という言葉を使います。
労働契約はいわゆる双務諾成契約です。契約の当事者である会社と従業員はそれぞれに、反対給付を行う義務を負い(賃金の支払いと労働の提供)、申し込みに対して承諾をすること(採用の募集に応募することと採用を決定すること)で契約が成立するということです。
労働契約は、所謂、債権契約であり、会社、従業員それぞれが、債権者であると同時に債務者でもあります。会社は、賃金を支払う債務者であり、労働の提供を請求できる債権者です。従業員は労働を提供する債務者であり、賃金を請求できる債権者です。債権契約は、適切に債務が履行されていれば問題はありませんが、債務履行が、遅れたり、一部であったり、全くなされない場合には債務不履行となり、債権者は債権を実現することができません。
問題社員というのは、この債務不履行の状態の従業員のことを指します。決して、従業員の人格や人権を否定するものではなく、契約関係における債務不履行の状態を指すのです。この点をしっかりと理解しておかないと、従業員の人権を侵害したりするリスクがあり、また、改善を求めることもできなくなります。
さて、私共にも問題社員と呼ばれる従業員の相談案件が多数寄せられてきます。しかし、その中には、会社が債務不履行の状態にあるケースも散見されます。残業代を適切に支払っていない場合や、そもそも採用時に提示した賃金を支払っていない場合もあります。また、債権契約である労働契約には、信義則上、使用者である会社に安全配慮義務が付随義務として債務を負うとされます。労働を提供する従業員が危険な状態では適切に労働債務を履行できないからです。この観点からも会社の債務不履行状態が見られます。社内にパワハラが横行している状態を放置している、安全衛生法に定める安全教育を実施していない、定期健康診断を行っていないなど、結構な事例を取り上げることができます。こうなると問題社員以前に問題会社、俗にブラック企業などと言われますが、であることを自ら反省し改善することが求められます。たまに、顧問先企業でこういった点の改善を提案すると、「ウチは、顧問料を払っているのにお前は役所の見方か‼」とおしかりを受けることがあります。こういう会社さんは、私が顧問契約に基づく債務不履行であるとおっしゃるのです。しかし、我々社労士は、企業の健全な発展と労働者の福祉のために会社と共に手を取り適法な状態に導くことが業務です。会社が債務を確実に履行することで、その企業の発展のお手伝いをすることが我々の負う債務であると考えています。
問題社員は債務不履行状態の従業員であると定義しました。では、実際にどのような問題社員が居るのでしょうか?会社にとって成長の妨げになる、組織秩序の維持の妨げになる、適切な人員配置の妨げになる、社会的評価を貶めるなどの理由から問題視する従業員を問題社員と捉えているのでしょう。例えば、能力が低い従業員。仕事が出来ないがために、会社は収益獲得機会を喪失してしまいます。欠勤や遅刻が多い従業員。他の従業員にしわ寄せがいくのみならず、それにより他の従業員の生産性が低下します。他の従業員の悪口を言うなどの規律違反を犯す従業員。職場は多様な人が協働して成果を挙げる場所です。他の従業員との協調性が求められます。規律違反を起こす従業員は、チームの一員として働くことはできません。上司の命令に逆らう従業員。組織の秩序維持もありますが、業務の適切な遂行において上司の指揮命令に服することは必須です。所定労働時間内はダラダラと働き、残業ばかりする従業員。所定労働時間中に自己の業務を完了させることは会社が求める当然のことでであり、無駄な残業はコストアップとなります。これらの問題社員は労働を提供する債務を完全に履行していない状態であり、更に労働債務に付随する誠実勤務義務を適切に履行していないのです。このように、問題社員を捉えると、どのように改善させるのか、又、改善の余地がない場合にはどのような対応が可能かを適切に検討することができます。
非常に乱暴なケースでは、直ちに解雇をするようなことがあります。解雇は、労働契約の解除ですが、就業の場を奪う、つまり、生活の糧である収入を得られなくするわけですから、解雇を行う場合には慎重であることが求められます。労働契約法の第16条において、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、権利を濫用したものとして無効とする」と定められています。労働契約を解除する権利は会社、従業員双方にありますが、現在の日本の労働法は、会社と比較して従業員が弱い立場にあるとの立法スタンスであるため、会社の契約解除、つまり、解雇については労働契約法第16条の制限がかけられ、自由に解雇ができるわけではありません。問題社員を組織から排除するという単純な思考ではなく、人手不足が今後さらに深刻になることが予想される現在、如何に指導して改善を求めていくかが重要です。その点については、7月19日のセミナーでお話ししたいと思います。ご都合のよろしい方はお越しください。