人材定着のための具体的な処方(30)

パリオリンピックが始まりました。女子柔道で早速、金メダルの嬉しい報が届きましたが、今後の選手の活躍に期待したいところです。オリンピックと言えば、普段、テレビなどでまず見ない競技についても、何となく気になります。「愛国心」からでしょうか、日本選手が活躍することに対する異様な期待感があるように思います。愛国心を否定する気はなくむしろ肯定的に私は捉えていますが、誤った方向に導かれることは非常に危惧しています。国民一人一人の人権が尊重され、国際社会の中で誇りある国家として存続するためには、多様な視野を持つことと物事の本質を見抜く力が必要でしょう。我々一人一人が常にそのような能力を磨く必要がありますね。

 

さて、今回は、労働組合について考えたいと思います。労働組合は、その根拠を労働組合法に求めることができます。労働組合法は、憲法28条において定められる労働三権を具体化したものです。経営者にとって労働組合は、あまり嬉しい存在ではないような言われ方をされることがありますが、本当にそうでしょうか?最近の労働組合の組織率は16%台まで低下し過去最低を記録しています。その数字をもって労組不要論まで出ています。日本における労働組合は、主に企業別労働組合として活動しています。企業別労働組合⇒産業別労働組合⇒日本労働組合総連合会(連合)という集団を形成しています。連合は、労働組合の総本山であり、春闘などを主導する大規模な組織です。現在は、吉野友子会長の下、労使協調路線を取っています。我々世代(60歳台前半)には、労働組合はなんとなく不透明で破壊的なイメージを持つ方もいるのではないでしょうか。ストライキやデモに対して一部の過激化した者がそのような言動があったことは事実でしょう。しかし、労働組合は、労働者の権利を擁護する法律を根拠に合法的に活動する組織です。今こそ、連合をはじめとする労働組合は、そのようなイメージを払拭して、広く国民に受け入れられる組織として変貌することが求められているのではないでしょうか。

 

労働組合の活動としては、団体交渉がその主たるものです。労働者の労働条件に引上げや労働者の地位の向上を目的に団体交渉が行われています。労働組合からの団体交渉の申入れに対して会社側は、誠実に対応することが労働組合法に定められています。これに反すると不当労働行為とされ、地方労働委員会などの救済の対象となります。私共のお客様は、中小企業がほとんどであり、労働組合が結成されている企業は、ほぼありません。しかし、合同労組に加入する従業員がいる企業はあります。合同労組とは、「企業や職種・産業の枠にこだわらない個人単位で加盟できる、一定地域を基盤とした中小企業の労働者が加入する労働組合」と言えるでしょう。つまり、ある特定の企業に所属しながら、その企業に労働組合が存在しなくても、地域に存在する合同労組に加入することができ、その合同労組が主体となって企業に団体交渉を申し入れることができるのです。合同労組とよく似た労働組合に地域ユニオンというのが有ります。地域ユニオンは、個人単位での加入など合同労組と同じですが、連合が地域ごとに設けているという点において合同労組とは異なります。いずれにしても、会社に労働組合がなくとも従業員が合同労組の組合員となり、団体交渉を申し入れてくることがありますので、会社側もしっかりとした対応が求められます。企業別の労働組合であれば、その組織の内容を把握していますが、合同労組となるとどのような労組なのか実態を掴むところから始めなければなりません。一部には、過激な行為を行う労組もあります。団体交渉は誠実に対応する義務があると言いましたが、これは、誠実に対応する必要があるという意味です。団体交渉を無視したり、交渉には応ずるものの、いたずらに時間を引き延ばすなどと言うのは、誠実団交義務に違反するものとされます。しかし、労組の要求を呑むことを求めるという意味ではありません。労働者の求める処遇改善などを誠実に検討して可能なことと不可能なことを適切に判断して労組と交渉することが必要です。合同労組が求めてくる団体交渉の内容は、賃上げなどもありますが、残業代の未払いやパワーハラスメント、労災隠しなど様々です。特に最近では、36協定をはじめとする労働者の過半数代表の選出について適法に行われているかを追求するケースが見られます。労働者の過半数代表の選出は、労働基準法施行規則第6条の2に次のように定められています。「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であって、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと」

つまり、36協定等の労使協定を締結する労働者過半数代表として選出することを明確にした上で、投票などの民主的な方法によって労働者が主体的に選出することが適法性の要件となっています。会社が指名したり、労使協定等を締結するための代表者を選出する旨が明示されていない選挙等で選出された過半数代表では、適法性を担保できません。一部には、未だに、労働者過半数代表を会社が指名するようなケースが見られますので、そのような場合には、早急に選出をやり直し、協定を適法に締結する必要があります。

 

労働組合には、団体交渉権の他に団体行動権(争議権)も認められています。一般にストライキとしてその権利を行使します。ストライキとして我々が目にするのは、航空会社や鉄道会社で行われるものでしょう。ストライキは、団体交渉で解決できない場合に、労組側の要求を会社側に実現させるために行います。しかし、ストライキは何でもOKではありません。正当な権利の行使としてのストライキでない場合には、違法性を持ちます。例えば、ストライキに際して会社の器物を破壊する等の行為は、正当なものではありません。更に、労働協約に争議行動を行うことやそのルールを定めておかないと労働協約違反となりストライキも違法となります。ストライキ中は、労働者は仕事をしないわけですから、ノーワークノーペイの原則から賃金を支払いは必要ありません。労働者にとっても収入減という痛みを伴います。

 

労働組合の組織率が低下している原因は、サービス産業における雇用の拡大、つまり、事業場の小規模化やそれに伴う女性労働者やパートタイム労働者の増加が原因と言われています。もう一つは、雇用の流動化も上げられます。短期間で転職をするのであれば、何も労働組合に加入して労働条件の向上を目指さなくても、転職をすることで労働条件を向上させればよいと考えるからです。政府は、現在、日本版ジョブ型雇用の推進に力を入れています。ジョブ型雇用は本来、仕事自体に値段を設定し、同一労働であれば同一賃金という原則です。

社労士であれば、どの社労士事務所に行っても社労士としての仕事をする上では賃金が同じであり、社労士からもっと値段の高い仕事に転職しない限り賃金が上がらないのです。日本版ジョブ型雇用では、これとは異なり、企業が職務内容・勤務地・時間などの条件を明確化して就業者と雇用契約を結び、就業者は契約の範囲内でのみで働くという雇用システムです。企業としては、優秀な人材を確保し、不要な人材を排除できる仕組みとでもいえそうな内容です。従業員の能力を適切に把握し、適材を適所に配置する、ワークライフバランスを重視する、無用な長時間労働をなくすことと大差ないように感じます。政府も労働組合も労働者の地位向上が必要なことは理解しているのでしょうが、何か魅力に欠けるというのが労働者の実感ではないでしょうか。労働者の働く上での権利を守るということを、国、労組がそれぞれに真剣に考えることで、労働組合が本来持つ機能を発揮できるかもしれません。そうでなければ、無用の長物としてその存在意義を問われかねないのです。また、企業においても労働組合の存在価値を真剣に考える時期に来ています。人材が定着するために必要な施策を講ずることが必要ですが、労働組合がその一端を担うのであれば、肯定的に捉える必要があります。何事も自分事として考えることが、より良い職場作りには欠かせないでしょう。