株式市場が大荒れです。ダウ平均株価、日経平均株価とも大幅に下落しています。新NISAなどで新たに株式投資を始めた人々にとっては、心中穏やかではないでしょう。「貯蓄から投資へ」我が国では、何度も繰り返された市場参加者増への施策です。最近は中高年を中心に若者にも投資へのアレルギーがなくなってきているように思えます。資本市場から資金調達が容易になれば企業にとってはメリットが大きい。しかし、その調達資金を成長投資にいかにつなげるかを真剣に考えねばなりません。産業構造の変化、社会情勢の変化に対してあまりにも日本の企業は無頓着なように感じます。勿論、国の舵取りを行う政治についてはなおさらです。今一度、日本の将来を一人一人が考えなければならないのではないでしょうか。
さて、今回は、従業員のキャリアについて考えてみましょう。「キャリアを積む」などと言われますが、キャリアについては、「キャリアパス」「キャリアプラン」「キャリアデザイン」など様々な使われ方をします。一般的に、キャリアパスは、「企業などの組織において成長するために必要な過程や道筋」と言えるでしょう。キャリアパスは、企業が、従業員が目指す仕事やポジションに対してどのような経験、知識、スキル等の能力を身に付ければよいのかを表すことになります。例えば、経理事務であれば、商業簿記3級、EXCELやWORDの基本的な能力は最低限必要でしょう。小売業などの商業であれば、これで何とか入り口に立てるわけですが、製造業や建設業などでは原価計算などが必要となりますので、商業簿記2級と工業簿記の知識が必要になります。その他に中小企業などでは、税務、給与計算も任されるケースが多いでしょう。そうすると、基礎的な法人税や消費税の知識及び労働基準法等の知識も必要となります。更に進めば、管理会計の知識も必要となります。また、株式公開などを検討するような段階に企業が成長すれば、会社法や金商法の知識及び財務会計の知識も必要となるでしょう。これらを段階に応じて必要な知識やスキル、それに対応したポジションなどを一覧にしてキャリアパスを設定します。キャリアパスは、自分がどの位置にあってどの程度の知識やスキルを身に付けているのかを知ることができるため、従業員にとっては、自分の市場価値を測る尺度にもなりますので、非常に重要です。ただし、経理事務や営業などの普遍性のある業務と異なり、製造部門などは、その企業独特の知識やスキルが必要となることが多いと思いますので、出来る限りそれらを標準化、つまり普遍的に評価できるものとして設定することが望まれます。「自分の会社でしか通用しない」知識やスキルを習得することに対する若者の不安感を取り除くためにも必要なことでしょう。経理事務においては、その他にも、ITやAIの進化に伴い、従来の経理業務等に対する知識のみでは対応できないことも多くなっています。IT機器をストレスなく使いまわすことができなければ、経理業務自体が滞ってしまいます。更に、税理士や公認会計士などとの連携が必要なため、専門家とのコミュニケーション能力も求められます。経営陣の一員として経理部門の責任者となっていくのであれば、資金調達や国際会計基準などの知識も必要となるでしょう。従業員が所属する企業の器に合わせて自己の能力を磨いていき、自己の価値を高めるステップ、これこそがキャリアパスです。
私共のお客様には、従業員数が数名から1,000名を超す企業まで様々です。数人しか従業員のいない企業では、例えば、経理事務に配属されても、請求書などの伝票入力が主体で、記帳や税務申告、給与計算は税理士や社会保険労務士などの専門家が代行しているため、なかなか自分の将来像を描くことができないケースもあります。キャリアパスを企業が示すことができないと、従業員は、「一生、伝票入力で終わってしまうのか」と不安になります。他に与える仕事がないと言われる経営者もいますが、仮に、記帳や税務申告を税理士に任すのであっても、経理担当者に税理士とそれらの業務に就いて適切な対話ができるような知識を求めることは、従業員のキャリアを形成する上では重要なことです。何もわからずに、税理士に伝票を渡すだけ、決算書が出来たら納税だけをするというのでは、適切な会計処理や税務処理が出来ているのかどうか全く税理士任せとなります。税理士は税務の専門家として貴重なアドバイスをくれますが、それを企業経営に生かすも殺すも経理担当者の知識とスキルにかかっているのです。勿論、経営者が数字に強いことが求められますが、資金繰りや原価管理は、経理担当者が戦略的に取り組むことで経営の安定化が図れます。これは、従業員本人にとっても経理のスペシャリストとして成長することの実感を得られることになります。
次にキャリアプランの必要性です。キャリアプランは、従業員が「自分の仕事の将来像を明確にして実現するための具体的な行動計画」です。つまり、キャリアパスとキャリアプランは対を成す関係にあります。しかし、キャリアプランは、自分の所属する企業で完結する場合もあれば、他の企業に転職することで実現する場合もあるという点において、キャリアパスとはその視点が異なります。昭和から平成にかけてのキャリアプランは、企業に就職してそこで昇進を重ね、いずれは経営に携わるようになるという者が多かったのではないでしょうか。メンバーシップ型と言われる従来の日本企業の特徴に合わせたキャリアプランを描くのが至極当然です。しかし、日本型ジョブ型雇用が今後進んでくると、転職することに抵抗がなくなり、1社で自分の職業人生を完結するという考え自体が不毛となりかねません。自分のキャリアプランと会社の提供するキャリアパスが相違すれば、退職するのは当然のこととなります。従って、会社はキャリアパスを設定すると同時に、従業員のキャリアプランを知る必要があります。定期的な面談などの場において、日頃から従業員のキャリアプランを把握することが求められます。「会社は生きるためにお金を稼ぐ場」であることに変わりはありませんが、「自己実現の場」であることも求められます。マスコミは、やれZ世代だの何だのとレッテルを張ることで、特定の世代の特徴を決めつけるきらいがあります。しかし、お金を稼ぐこと、自己実現をすることはいずれの世代においても普遍的なことであり、特定の世代に偏ったことではありません。そのような仕事であっても、社会から必要とされるからこそ存在しているのです。ただし、時代の変化に伴い、社会から不要とされる仕事があることも事実です。自社の将来像をどう描くか、事業ドメインをどこに求めるか、これは経営者が家事を取る最も重要なことです。これを誤っては自社の存在が危ぶまれます。社会に受け入れられる仕事を想像することが経営者の役目であり、従業員のキャリア形成に必要なことではないでしょうか。