人材定着のための具体的な処方(33)

今週は、大型台風が襲来するとのこと。ゲリラ豪雨での被害は、最近日常的になっていますが、大型台風による被害はそれをはるかに超えることが予想されます。暴風や大雨での停電が想定されますので、懐中電灯、電池など必要な物資の確保が急がれます。その他の備えも十分に怠りなく、安全を確保したいものです。

 

さて、今回は、定年と再雇用について考えてみましょう。定年は、期間の定めのない労働契約を締結した場合に、一定の年齢に達したときに自動的に退職となる仕組みです。アメリカ、イギリス、カナダなどは定年制を禁止しています。ドイツなどその他のヨーロッパ諸国では、年金受給年齢に達したときに労使合意により定年が認められています。これに対して、日本を含むアジア諸国では、定年制が比較的多く採用されています。アメリカなど定年が禁止されている国では、労働条件などにおいて年齢を理由とする不利益取り扱いが禁止されていることが理由です。日本においても、年齢を理由とする差別は、裁判所の判断では憲法14条に反するものとして認められていませんが、定年制については、合憲、合法であるとされています。定年の年齢については、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律において、「定年を定める場合、定年年齢は60歳を下回ることができない」と規定されています。その上で、65歳未満の定年年齢を定めている場合には、⑴定年年齢の引上げ⑵継続雇用制度⑶定年の廃止により65歳迄の雇用確保措置を求めています。つまり、60歳定年であっても65歳迄働きたいと従業員が希望すれば、65歳迄は雇用する義務があるのです。更に、直近の法改正では、65歳以上の従業員に対して70歳迄の就業を確保するための努力義務が課されました。現在、日本の年金支給開始年齢は65歳であるため、65歳迄雇用することで生活資金を確保できるようになっていますが、70歳迄の就業確保は、近い将来に年金支給開始年齢が70歳となるのではとの憶測を呼んでいます。現在の年金財政からすれば、致し方のないことでしょう。ここで、65歳迄の「雇用確保」と70歳迄の「就業確保」との言葉の違いに気づいた方がおられると思います。「雇用確保」と「就業確保」の違いは、文面のとおり雇用と終業の違いです。雇用は、原則、事業主が直接雇用するという意味であり、就業は、直接雇用のみならず、従業員が自営業をしても良い(ただし、事業主と直接取引をするなどの条件が有りますが)という意味です。

 

実際に、私共お客様では多くの企業が60歳定年制を採用されています。最近では、高年齢者の労働力に対するニーズの高まりを受け、65歳定年とする企業も増加しています。ただし、高年齢者の再雇用や定年延長に伴い、高年齢者をどのように戦力として働いてもらうかとウイ問題が顕在化してきました。多くの企業では、「法令で65歳迄の雇用が義務付けられているから仕方がない」と考えているようですが、これでは人件費が増加するばかりで企業にとってはメリットがありません。そこで、定年前の賃金よりも大幅に賃金をダウンさせて雇用を維持する「福祉的雇用」となっているケースが多いように思われます。しかし、一度立ち止まってよく考えてみると、定年後再雇用の場合には、一度満了した労働契約を再度結び直すこととなる訳ですから、全く新しく採用する場合と同様の視点を持つ必要があります。新規採用の場合、戦力として組織内で活躍してもらえるのかを念頭に、どのような能力を保有しているのか、どのような経験を積んできたのかなど様々な観点から採否を検討すします。高年齢者の再雇用についても同様であるべきではないでしょうか。仮に、営業畑で部長であった従業員が定年となった場合に、そのまま営業職としてその人脈や経験を活かしてはたれいてもらえれば会社にとってもメリットは大きいはずです。しかし、それには、定年前と同様の権限の付与と責任を伴わなければ、期待する成果が挙がらないでしょう。また、従業員本人も定年後は労働時間を減らして自分の趣味の時間を多くとりたいなどと考えていることもあります。そうすると、自ずと仕事に対する時間が減り、それに合わせて成果も低くならざるを得ません。そのような弊害を防止するためには、先ず、再雇用に当たり、その従業員がどのような能力を保持し、どのような分野で本人の能力を発揮して会社に貢献できるのかという点を従業員側から提示をしてもらい、会社内のどの部署でどのような仕事についてもらえば最大の成果を挙げられ、従業員のモチベーションも高く維持できるのかを検討する必要があります。「福祉的雇用」に対して「積極的雇用」とでもいえるこのような視点を持つことが企業側にも求められます。仮に、営業部長であった従業員が、趣味のパソコンの知識を活かして、商品の売れ筋分析や在庫管理などでその能力を発揮するかもしれません。また、ひそかに税理士資格を取得していて、経理や税務に対する知識を有しているかもしれません。再雇用の対象となる従業員から、どのような能力をどのような分野で発揮したいのかを適切に把握して配置をすることで、積極的採用が上手く行くのではないでしょうか。また、再雇用後の評価の仕組みも必要となることは言うまでもありません。特に高年齢者の人事評価は、その処遇に反映することも必要ですが、新しい知識やスキルの習得とモチベーション維持向上には欠かせません。自分が、会社のために役に立っているかどうかを人事評価で明確にすることで、高いモチベーションの維持につながります。福祉的雇用では、今後の人手不足の社会において高年齢者も引き抜きの対象となります。長い間の企業での経験は、決して侮れないものです。如何に高年齢者の能力を発揮してもらえるかが、人事戦略上重要となってきています。

 

高年齢者の定年延長や再雇用において賃金水準をどうするかは非常に悩ましいところです。福祉的雇用の場合には、従前の60%程度と考える企業が多いようです。積極的雇用の場合には、役職手当はなくなりますが、その他は従前どおりとするケースが多いでしょう。しかし、賃金総額の視点からは、人件費が増加することに違いはありません。従来から在職する従業員をそのまま雇うのだから人件費は変わらないのではなく、定年となった従業員の穴埋めにその下の従業員が繰り上がり、その一環として新たな従業員を採用する必要があるからです。新たな人員の補充を続けていかなければ企業は衰退し、倒産、廃業を余儀なくされることは言うまでもありません。そうすると、賃金総額の増加を抑えながら、収益を向上させることが求められます。総人員が増加する中で、賃金総額の増加を抑えるためには、賃金制度の見直しが必要になります。従来の賃金カーブを中年以降急こう配で上昇するタイプから若年から水準を高くし、全体のこう配をなだらかにするなどの工夫が必要になります。また、年間の賃金総額には算入しない退職金についても一考を要します。最近では、企業型DCを採用する企業が増加しています。これは、退職金を前払いすることで、将来のオフバランスの債務を解消することに役立ちます。AIなど技術革新のスピードが速い現在、従来の経営を維持したままでは、企業の存続が不可能となるリスクが大きくなっています。退職金債務が企業経営を圧迫することを避ける意味でも企業型DCのメリットがクローズアップされているようです。

 

創業から間もない企業などでは、従業員の定年退職などまだまだ先のことで考えたこともないということもあります。しかし、いずれ定年退職をする従業員が出てくることとなります。勿論、雇用の流動化が進み転職が当たり前の世の中が到来することも考えられますが、それでも定年退職者は出るものです。また、雇用に関する制度が変わり、70歳過ぎまで働くことが当たり前の世の中となればなおのこと、高年齢者の働き甲斐についてしっかりと対策を講じておくことが重要となってきます。