人材定着のための具体的な処方(33)

猛暑日の連続記録が更新されるほど暑い日が続いていますが、先週、とある顧客先に車ではなく電車を乗り継いで伺いました。駅から顧客先まで18分ほど歩きましたが、アスファルトが熱せられていて足の裏が熱くて堪りませんでした。冬場のつま先の痛い感覚とは異なり、まるで火のついたフライパンの上を歩くような感覚でした。今後は、このようなことが日常化してくるのかと思うと少し不安になりました。

 

さて今回は、お客様のご相談で従業員が突然やめると言い出した件について考えてみたいと思います。その従業員は、他の従業員とのトラブルばかり引き起こしていたため、社長が耐え兼ねて注意をしたところ、逆切れをして「今日限りで辞める」と啖呵を切って帰っていったそうです。翌日には、会社都合で退職したという離職票が欲しいとの連絡があったとのこと。専務さん(奥様)から、どのようにしたらよいかとのお問い合わせが有りました。自分の不行状を注意されてそれに腹を立て自分から辞めると言い出したのですから、会社都合ではなく自己都合の退職です。その旨をしっかりと伝えるようにお話をしました。専務は大きなトラブルに発展しないかと大変心配されておられましたが、経験上、従業員もカッとなって思わず退職を口にした模様ですので、そんなに心配することはない旨をお伝えしました。案の定、本人もケロッとしたもので、会社都合にできない旨を素直に受け入れたそうです。ここで、従業員からよく出てくるのが、「つい、カッとなって退職すると言ってしまったが、やっぱりこのまま勤めたい」という意見です。退職は、民法627条の規定に基づき、期間の定めのない雇用契約の場合には、いつでも退職を申し出ることができ、退職の申し出の日から2週間が経過すれば退職できることとされたいます。今回のケースでは、今日限りということでしたので、本来であれば、退職の申出をしてから2週間が経過しなければならないところですが、会社としてもその様な従業員を置いておくわけにはいきませんので、即日、合意に至ったと言えます。その場合に、「やっぱり、退職を取消したい」と従業員から申出があった場合には、退職を取消すことができるのでしょうか?原則として、使用者に退職の意思表示が届いた場合には、使用者の同意がなければ退職の撤回はできません。今回の場合は、従業員からの一方的な退職の意思表示である辞職を直接社長に対して行ったわけですから、直ちにその意思表示は相手に到達し、相手方も承諾したものであるため、退職の撤回は会社がそれに同意をしなければ、取消すことはできません。この場合の「相手方に意思表示が到達した」というのは、人事権のある者に対して意思表示をしたかどうかがポイントになります。単に人事権のない上司に、「辞める」と伝えた場合には、撤回できる可能性があります。ただし、その上司が直ちに社長など人事権のある上役にその旨を伝えたとすれば、その後の撤回は不可能となります。

 

従業員の退職に関しては上述のように、民法の規定が適用されるわけですが、会社からの労働契約の解除の申出、つまり解雇については、労働者の生活権を保護するために民法627条に優先する特別法である労働契約法第16条において使用者の労働契約解約権を制限しています。解雇は、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には解雇権を濫用したものとして解雇を無効とする」と定められています。仮に、解雇をするに当たり、労働契約法に基づき解雇が有効であった場合に、会社側が、その解雇を撤回できるのでしょうか?この場合も従業員の辞職と同様に、相手側の同意がなければ撤回することはできません。たまに相談を受けるケースでは、人事権のない上司が、部下に対して「辞めてしまえ‼」と切れてしまった場合に、会社としては有為な人材であるためにとどまって欲しいと考えているようなときに、人事権のない上司が勝手に言ったことだから辞める必要はないと会社が言えるかどうかです。この場合、従業員が、その上司が解雇する権限がないことを知っているのであれば、その解雇予告は無効とすることが可能であろうと思います。しかし、通常、上司から解雇を言い渡された従業員は、「クビにされた」と思うのが一般的です。つまり、上司が解雇の権限を持っていると思っているということです。そうだとすると、会社が、一方的に解雇を撤回する又は解雇自体が無効だと主張することは難しいでしょう。勿論、従業員が辞めたくないと訴えてきた場合であれば、人事権のある経営幹部が解雇自体が無効であることを従業員と確認すれば良い訳ですが、多くの場合には従業員は既に解雇を受入れ、会社に対して悪感情を持っていますのでそのように事が運ぶのは少ないように思います。

 

従業員が退職をする、会社が解雇予告をする、いずれにしても、当事者間において意思表示をするためのルールと手続きを十分に知っておくことが求められます。就業規則には、それらが記載されていることがほとんどでしょうが、現実問題として就業規則を見たことの無い従業員が多数いるということからすると、会社側としては適切に従業員が就業規則の内容を理解し認識する機会を設けることが必要でしょう。年に1回は、勉強会などを開催して就業規則を従業員が知る機会を提供するのも良いでしょう。