人材定着のための具体的な処方(36)

昨日は、千葉のお客様に伺い、帰りには銀座で学生時代の友人と一杯やって来ました。63歳と64歳の3人で病気自慢?のようなこととなりました。私以外の2人は早期ガンで事なきを得たようですが、他に話題がないのか?と思えるほどでした。他に家族のこととそれに絡んで自分の近況について話をしましたが、非常に違和感を覚えました。それは、2人と私の辿ってきた人生の道程の違いです。2人とも60歳の定年までサラリーマンで会社一筋、定年後再雇用の者と別の会社に再就職した者です。話題の全てにサラリーマン時代の会社のことが織り込まれ、ある意味会社自慢のように聞こえます。ゴルフ、再就職、何にしても会社関連の人が出てきます。素晴らしい反面、世間が会社しかないように感じたのです。今後の労働市場の流動化を考えると、そのようなことは減少していくのでしょうが、「就職」ではなく「就社」が実態であることをつくずく考えさせられました。

 

さて今回は、ワークエンゲージメントの観点から従業員持株制度を考えてみましょう。従業員持株制度は、従業員持株会を設立して、自社の株式を給与や賞与から天引きをして従業員持株会が共同購入して、従業員が天引きされた賃金の割合に応じて株式を共同で所有する制度です。従業員持株制度のメリットは、経営側にとっては、経営側が所有する自社株を減少させることで事業承継をし易くなることが上げられます。自社株の評価が高い場合には、高額の資金がないと後継者が株式を取得することができなくなります。従業員持株会が一定割合の株式を所有していれば、後継者が取得すべき株数が減少しますので、購入資金を減らすことができるのです。従業員にとってのメリットは、まず第一に資産形成です。たとえ自由に譲渡できない株式であっても、退職時には会社が買い取ることにより現金化できます。また、配当金が支払われることもあります。将来的に会社が、株式を公開する計画があるとすれば、公開時には株価が大きく値上がりすることもありますので、その場合には資産形成に大きなメリットがあります。会社の成長が、自分の資産を増やすことにつながるのであれば、働きがいもできます。次に、従業員持株制度により自社の株式を購入することは、経営に参画していることに他なりません。株主として決算が済めば、会社の財務情報を知ることができます。自分たちの働きがどのように収益に貢献しているかを掴むこともできます。通常、従業員に会社の決算内容を公開している中小企業はそんなに多くないと思います。オーナー会社がほとんどであることがその一因ですが、ワークエンゲージメントを向上させるためには、決算内容の公開は必須です。自分の働きがどのように会社の利益に貢献しているのか、会社の収益の状況から自分の賃金や賞与が適正に支払われているのかを確認できるからです。株主である以上は、決算内容を確認することができます。単に自分の処遇について考えるのではなく、会社の収益性の向上に何が必要であるのかを考えてくれる従業員もいるでしょう。このことが本当の意味において経営に参画していると言えるのではないでしょうか。

経営者としては、会社の運営に株主である従業員から口出しをしてほしくないと思うのであれば、従業員持株会の保有する株式を議決権のない株式に変えれば良いのです。

株式には、普通株式、優先株式など様々な種類があります。普通株式は、配当金を受け取る権利があり、更に議決権が横死できます。議決権は、株主総会において、経営陣の会社運営に対する賛否を表明できる権利です。保有する株式の数が多ければ、社長や専務と言った取締役を解任することも可能です。優先株式は、多くの場合、議決権がない代わりに優先的に配当金を受け取ったり、配当金の額が多いと言うものです。経営陣としては、従業員持株会からいちいち経営に口出しをして欲しくないと考えれば、普通株式から優先株式に変更することでそのわずらわしさを取り除くことができます。このことは、経営権の安定的な維持の観点からも大変重要です。

 

従業員持株制度は、労使双方にとってメリットが大きいと思いますが、デメリットももちろんあります。従業員にとっては、会社が倒産した場合には、投資した資金を回収できなくなります。また、株式を公開していない企業であれば、現金化をするのは退職時など限られて機会に限定されます。経営陣にとっては、議決権のある株式のままで従業員持株会に株式を所有させると、経営陣に対する抵抗勢力となる恐れがあります。従って、しっかりとした制度設計を行う必要があります。従業員持株制度を導入するに当たっては、①誰に加入資格を与えるのか②議決権の行使をどのようにするのか③退職や持株会を退会した場合の精算をどうするのかを検討する必要があります。

①加入資格については、通常、正社員のみとすることが多いようです。パートタイマーや契約社員などの非正規労働者には加入資格を与えないことが一般的です。次に②議決権については、普通株式を優先株式に転換して、議決権のない株式として従業員持株会に保有してもらうことが一般的です。③退会や退職時の精算は、退職したときは同時に従業員持株会を退会するとの規定にしておくことが必要です。そうしないと、退職後も従業員から役員に対して株主代表訴訟などを起こされるリスクがあるからです。株式の精算は、従業員持株会が買い取るようにすることが一般的です。勿論会社が買い取ることも可能ですが、いずれにしても適正な株価の評価が重要になります。税理士としっかり株価の評価について打ち合わせることが必要でしょう。

 

従業員持株制度は、ワークエンゲージメントの点で優れていますが、様々な工夫が必要であることも事実です。しかし、経営者と従業員が一体となって事業を推進していくのであれば、非常に優れた制度であると言えます。株式公開を前提としない企業であっても一考の余地があるのではないでしょうか。