昨日は、若手の税理士さんと会食する機会がありました。大変ユニークな経歴で、自主映画製作を目指してテレビ局で仕事をしていたそうです。結局は、テレビ局に在籍していては映画の制作がかなわないとのことで退職、税理士資格を取得したとのこと。士業において、弁護士は、学生時代から司法試験を目指して弁護士になる方が多いと思いますが、他の士業は、様々な職業を経験してから資格を目指す方が多いように思います。そういった意味においては、多様な価値観を持った士業が企業の発展を支えていくことが理にかなっているように感じました。
さて、今回は、従業員のプライバシーや人権について考えてみたいと思います。そう考えたのは、ある企業で、GPSを利用して位置情報を把握できる勤怠システムを利用していて、従業員の不正行為が発覚した事件があったからです。
就業時間中は、従業員は職務専念義務を負います。これは、労働契約に基づく債務の本旨に則った履行を実現するためです。ある企業では、「監視カメラ」を設置して従業員がサボっていないかを監視していると聞きました。また、ある企業からは、GPS機能付きのドライブレコーダーによって従業員がどこで何をしているのかを把握したいとの提案を受けました。前者は、製造業におけるラインや金銭を扱う商店などで、後者は車で営業に出る営業マンなどが対象となることが多いと思います。企業においては、様々な理由で監視カメラを設置することが考えられます。窃盗や横領の防止、情報漏洩の予防、万一のこれらの行為に対する証拠の保全、その他に従業員の作業効率の向上、セクハラやパワハラの防止など多岐にわたります。しかし、監視カメラを設置することは、単純に考えて、従業員にとっては、何だか気持ち悪いと感じるのではないでしょうか。自分が監視されていることをストレスに感じる従業員は多いはずです。その理由は、自分の秘密にしたい情報や他人の干渉を受けたくないというプライバシーにかかわる問題だからです。プライバシーを直接規定する法律はありませんが、憲法第13条における個人の幸福を追求する権利の1つです。例えば、従業員の癖について監視カメラではそれを捉えますが、本人にとってはあまり人に知られたくないこともあります。「誰々は、仕事中にこういう癖があるんだ」と監視カメラを見ていた監督者が公表したとすると、本人にとってはプライバシーの侵害だとの認識を持つこともあり得ます。また、特に女性従業員においては監視カメラで自分を常に男性が見ていることについて性的な興味から見られていると感じること、つまりセクシュアルハラスメントとして受け止めることもあり得ます。このようなことを防止するためには、監視カメラの設置について、どのような目的であるのか、何を撮影して監視するのかを丁寧に説明して理解を得る必要があります。その他にも、監視カメラを設置する場所にも十分注意を要します。以前、女性従業員のロッカールームで盗難事件が発生したときに、監視カメラを設置したいとの申し出が経営者からありました。しかし、これは、女性の着替える場面を撮影することに他なりませんので、プライバシーの侵害やセクシュアルハラスメントに該当するため、絶対にやめるように進言しました。
GPS機能のついたドライブレコーダーや勤怠管理システムは、始業時刻にスイッチがオンとなり終業時刻にスイッチがオフとなるように設定する等の機能があり、適性に運用すれば、さほど問題がないかもしれません。しかし、終業時刻に打刻を忘れてプライベートの時間にどこに行ったのかを使用者側が把握してしまうこともあります。そういった場合には、一定時刻以降は使用者側でスイッチをオフにするなどの配慮が必要となります。
実際にGPS機能の付いたドライブレコーダーを導入したいとの相談を受けた企業では、男性従業員が女性従業員と客先に訪問するために社用車で外出した際に、不倫交際を疑わせるようなことがあるために設置をしたいとのことでした。仮に、就業時間中にそのような行為をしているのであれば、職務専念義務に違反するわけですが、たとえそうであっても、私的な行為を把握することはプライバシーの侵害に該当するおそれが高いでしょう。勿論、そうかといって、就業時間中に私的行為をすることを認めるものではありませんが。
このようなことが起こるのは、基本的に職場の規律の乱れが原因ではないかと思います。その従業員も責められるべきではありますが、使用者側が適切に職場の規律を維持する努力を怠っていることも責められるべきです。
近年、街中に監視カメラが多く設置されたり、インターネットやSNSにおけるクッキーなどにより監視されていることが、日常的になっています。監視されることが脳に悪影響を与えるとの研究もあるようです。中には、監視されることによりうつ状態に陥ったりすることがあるとのこと。今後の社会では、AIやロボットの発達により更なる監視社会となることが予想されています。従業員が、自らの持つ能力を最大限に発揮し、企業の発展に貢献することは使用者として大いに望むところではありますが、従業員が仕事を通して社会とのつながりを感じたり、社会に貢献したりするという喜びを感じることを抜きにしては成立しません。勿論、従業員の人権やプライバシーに対する配慮は最大限求められるべきでしょう。「職場」という漠然とした時間的場所的な概念の下で、如何に従業員の働きやすい環境を作っていくかを経営者は考えていななければならないと思います。