人材定着のための具体的な処方(42)

住宅街を歩くと金木犀の良い香りが漂ってきます。この匂いに秋の訪れを感じますが、なんと未だに夏日が続く昨今、体調管理には十分に気を付けたいものです。ブログを始めて3年半がたちますが、この間に世の中は大きく変わりました。コロナの終焉、AIの普及、就活をする若者の意識の変化、緊迫する国際情勢、政治不信等様々な出来事が起こりました。

激変する世の中にどのように対処するのか、人間力が問われると感じています。

 

さて今回は、退職金制度について考えてみましょう。人手不足の折、退職金制度を導入し良い人材を確保したいとのご相談をいただくことが増えてきました。ただし、退職金制度は、大企業においては連結決算でオンバランス化された経緯もあり、確定拠出企業年金制度への移行など退職金の前払いにかじを切ったケースも見られました。

退職金制度は、従業員が退職した場合に、賃金の後払い、功労報償、退職後の生活保障などの目的で月例賃金とは別に退職金を支給する制度です。多くの中小企業では、退職一時金として勤続年数に応じて基本給の何倍という額を支給することが一般的ではないでしょうか。これを倍率方式と言います。勤続年数に応じて基本給とは無関係に一定額を支給する方法を定額方式と言います。他にも、年齢や役職、人事評価結果に応じてポイントを付与し、ポイントの合計により退職金の額を決定するポイント方式などもあります。

上記の方式は、退職金の支給方法に着目した分類の仕方ですが、退職金制度を検討する場合に退職金の原資をどのように確保するのかという点からの検討も必要です。現金や預金を積み上げていく社内準備方式、生命保険や共済制度を利用する社外準備方式などの方法があります。退職金制度というと支給方法ばかりに目が行きがちですが、資金の確保の方法についてもしっかりとしたプランを立てる必要があります。

 

退職金の支給方法についてどの方法を選択するかを検討するに当たり、退職金の目的を明確にしておく必要があります。勤続年数に対する賃金の後払いであるのか、貢献の度合いに対する功労報償であるのかの点が特に重要なポイントとなるでしょう。勤続年数に対する賃金の後払いであるとした場合には、倍率方式や定額方式を採用することとなります。貢献の度合いに対する功労報償であるとした場合には、ポイント方式や倍率方式にポイント方式を組み合わせたハイブリッド方式となるでしょう。ここで、注意を要するのが、正社員には退職金を支払うけれどもパートや契約社員には支給しないとしている企業の場合です。

功労報償が主な目的として退職金を支給するのであれば、パートや契約社員であっても一定の貢献をしている訳ですから、それに報いず、退職金を不支給とすることは不合理な格差と評価されてしまいます。パート有期労働法の正規、非正規間の同一労働同一賃金の考え方から導き出される結論です。これに対し、賃金の後払いが主な目的として退職金を支給する場合には、正社員という企業の基幹を担う人材の確保や定着を図るとの観点から、パートや契約社員に退職金を支給しないとこが不合理な格差とまでは言えないと評価されるケースがあります。これは、メトロコマース事件の最高裁の判断ですが、実務上、退職金制度を検討する上で重要なポイントです。

 

中小企業が、退職金の支給方法と資金確保を同時に決定できる便利な方法もあります。それは中小企業退職金共済制度を利用することです。俗に「中退共」と言われますが、独立行政法人勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部との間で共済契約を締結するものです。従業員ごとに掛金を毎月拠出して、退職時に従業員が機構から退職一時金を受け取ることとなります。企業にとっては、毎月、掛金を拠出した時点で退職金の支給が完了する、つまり前払いができる制度であるため、運用や支払の管理がなく非常に便利です。また、国から一定の補助もあり、有利な側面もあります。

 

退職金制度には、上記の一時金で支給する場合の他に年金方式で支給する場合があります。年金方式で支給する主な方法は、厚生年金基金、確定給付企業年金及び確定拠出企業年金があります。厚生年金基金は、運用難や給付額の増大により解散する基金が増加していますので、確定給付企業年金と確定拠出年金についてご説明しましょう。確定給付企業年金はDBともいわれ、厚生年金の被保険者である従業員が加入することができ、退職後に定額の年金を受け取ることができる制度です。従業員にとっては、定額で年金を受給できるためにメリットがあります。掛け金は原則として企業が拠出することになり、その掛金の運用で損失が出た場合には、事業主がその損失を補填する義務があります。従って、従業員にとっては運用環境がどうであれ安心できるわけです。これに対して、確定拠出企業年金はDCとも言われ、運用先を従業員自身が選択し、運用のリスクを直接負うこととなるため、退職後に受け取る年金の額は定額ではありません。その代わり、運用が上手く行った場合にはより多くの年金を受け取ることができることもあります。この2つの制度は、企業にとっても従業員にとってもそのリスクをどちらが負うかの観点からしっかりとした議論が必要です。どちらも従業員にとっては税制面でのメリットは大きいため、退職一時金からの移行や退職一時金に付加する形での導入が増加しています。詳細については触れませんが、中小企業においては、中退共、DB、DCのいずれかを導入するのが良さそうです。ただし、DBの場合には、運用がうまくいかずに積み立て不足が発生した場合に企業がその穴埋めをしなければならないことを忘れてはなりません。又、DCにおいては、適切な投資教育を行うことが求められます。

 

人手不足から安易に退職金制度を導入すると、業績が悪化したときに退職金制度をやめることができないため、色々とシミュレーションをした上で十分に検討をすることが求められます。