ついこの間まで真夏日が続き秋の訪れを楽しみにしていましたが、気が付いてみると今年も残すところ2カ月を切りました。光陰矢の如しと言いますが、毎年、無為徒食に過ごした日々を振り返り、自分の愚かさに忸怩たる思いがこみ上げるのと同時に寂寥の念を抱きます。残りの人生を少しでも世の中のためになるように費やすように日々精進を続けなければなりません。
さて、今回は、労働契約法第18条に定める「無期転換権」についてお話ししましょう。先日、新聞で大学教員の雇止めについて、無期転換権が適用されるかどうかについての判断が最高裁でなされました。大学教員は、「大学教員等の任期に関する法律」により、先端的、学際的又は総合的な教育研究、又は多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職などについては、労働契約法第18条の無期転換権が発生する期間を5年から10年に修正されています。今回の裁判では、福祉科目の専任講師が対象となる教員かどうかで争われましたが、最高裁は、対象となるとの判断を下しました。
では、労働契約法第18条はどのような規定になっているのかを見て見ましょう。「同一の使用者において有期労働契約が5年を超えて更新された場合に、労働者からの申込みにより有期労働契約が無期労働契約に転換される」という内容です。これは、労働者の申込みが有れば、使用者は拒否できずに無期労働契約を締結しなければならないと言うものです。仮に1年の有期労働契約を締結した場合、5回目の契約更新をすると6年目に入る訳ですが、この段階で無期転換権が発生します。ただし、無期転換権の発生について例外もあります。皆さんの会社で多いのが、定年後引続き雇用される有期雇用労働者、一般に定年後再雇用により雇用され嘱託社員などと言われるケースです。有期雇用特例措置法(以下、「特措法」という。)により、①適切な労務管理に関する計画を作成し、都道府県労働局長の認定を受けた事業主に②定年後引続き雇用される労働者の場合には、定年後引続き雇用される期間については無期転換権が発生しないとされています。ここで、間違えてはいけないのが、①の都道府県労働局長の認定を受けなければならないという要件です。定年後再雇用であれば、自動的に特措法の適用となる訳ではありません。勘違いをされる経営者が結構いますので注意が必要です。では、無期転換権を行使して有期労働契約から無期労働契約に転換した場合に、労働条件はどうなるのでしょうか?無期労働契約つまり期間の定めのない労働契約ですから、正社員と同様の労働条件にする必要があるのでしょうか?答えは、NOです。無期転換権に伴い変更となる労働条件は、原則として労働契約の期間についてのみであり、他の条件を変更する必要はありません。契約期間1年、時給1,200円、所定労働時間が6時間、補助的な業務を行うという元の労働条件について、契約期間1年という期間の定め1点について「期間の定めがない」と変更すればよいのです。
元々、日本の企業においては、解雇することが難しいと言われており、企業においては雇用の調整弁として有期労働契約を締結する契約社員を雇用していました。こうした経緯から、契約社員については、特に短期雇用によるキャリア形成の不十分さが原因の低賃金が問題視されていました。無期転換権の実現を促進するきっかけとなったのがリーマンショックでした。契約社員や派遣労働者の多くが職を失い、日々の生活すらまともに送れない労働者が続出したことが契機となりました。平成25年4月から労働契約法に無期転換権が設けられ、現在に至っています。ただ。その後の状況は、法の趣旨が広く国民に理解されていないのか、無期転換権を行使する労働者はさほど多くなく、又、コロナ禍において、飲食やサービス業の契約社員やパート労働者の多くが再び職を失うこととなりました。そこで、令和6年4月からは、労働基準法施行規則の改正により、雇入れや労働条件の変更時の労働条件の明示項目に無期転換権の発生時期などを記載し、丁寧に説明することが使用者に義務付けられました。これにより、労働者の無期転換権に対する認識はずいぶん浸透したように思われます。
特措法においては、定年後の継続雇用の労働者の他、高度専門職についても一定期間、無期転換権が発生しないものとして例外措置が設けられています。高度専門職とは、①年収が1,075万円以上②博士の学位、公認会計士、医師、弁護士、税理士、社会保険労務士等③ITストラテジスト、システムアナリスト、アクチュアリ④特許発明の発明者、登録意匠の創作者、登録品種の育成者⑤大学卒で5年超の農林水産業、鉱工業、機械、電気、建築、土木の技術者等⑥システムエンジニアとして実務経験が5年以上のシステムコンサルタント等が対象とされています。高度専門職においては、都道府県労働局長の認定を受ける必要があります。その他に、冒頭に触れた、他の法令により5年が修正されているものもあります。
無期転換権の行使をして無期契約労働者となった場合、その労働者の処遇をどうするかが使用者にとっては非常に重要なポイントです。単に契約期間の定めがなく、従来と同様の戦力でしかないとすれば、好況期にはあまり問題とはならないでしょうが、企業業績が悪化した場合に、それは顕在化してきます。更に、無期契約であってもいずれは定年を迎えるのであれば、正社員と同様に高年齢者としてどのように企業において活躍の場を提供するかを真剣に検討する必要があります。大手企業においては、今後の人手不足を見込んで、既に契約社員の正社員化に動き出している企業も多く、人材ポートフォリオの見直しに着手しています。我々中小企業においても、人事戦略を見直し、新たに人材ポーフォリオを再構築する必要に迫られています。従来型の正規、非正規という枠組みのみにとらわれずに、フリーランサーや兼業者なども人材ポートフォリオに組み入れる必要があります。そうであれば、有期契約労働者は、一部の有期プロジェクトにおいてのみ採用し、他の労働者は、期間の定めのない労働者として雇用する、人員の調整弁の機能はフリーランサーなどに担ってもらう等ということを検討する必要もあるのではないでしょうか。中小企業における契約社員は、その多くが、短時間労働者であるのが実情です。何かあれば雇用の調整弁として契約を打ち切れる便利な労働力として本来労働者の持つ能力を十分に発揮できる場を提供していない惧れがあります。勿論、労働者本人の事情により、有期契約や短時間労働を望むこともあります。それ等、労働者の働き方の選択肢を多く提供し、持てる能力を十分に発揮してもらえるように人事戦略を構築する必要があります。そのためには、タレントマネジメントにより労働者の能力を適切に把握し、経験やコミュニケーション能力なども加味した人員配置の最適化を図り、適切な人件費管理も欠かせません。正規・非正規という無益な枠組みからの脱却がこの際、必要なのかもしれません。