「一気に晩秋がやって来た」…そんなことを感じる朝夕です。急ぎ羽毛布団を引っ張り出しました。今年は秋が短く、このまま冬に突入するのでしょうか。四季の移り変わりを楽しむ間もないとはこのことでしょう。秋の夜長は趣があり、私は大好きです。その貴重な時間を奪われてしまうのは何とも残念です。
さて、今回は、国民民主党の103万円の壁の撤廃に端を発した106万円の壁の撤廃について考えてみましょう。106万円の壁とは、社会保険加入の収入基準です。2か月を超える雇用の見込みがあり1週の所定労働時間が20時間以上、月の賃金が88,000円以上の場合に、社会保険の被保険者が51人以上の企業などに勤務するパートタイマーなどが社会保険に加入しなければならないと言うものです。この51人以上というのは今年の10月1日から適用された要件ですが、厚生労働省は、早々にこの51人という基準を撤廃し全ての適用事業場に拡大すると検討を始めました。社会保険適用の拡大は、保険財源の確保とパート労働者の将来の年金受給の確保が目的ですが、このところ年収調整により不足する労働力に拍車をかけることが最大の問題となっています。従来は、年収調整と言えば、課税所得が発生する103万円を目途に収入を調整するためにパート労働者が年末に働く時間を減少させることが多かったのですが、最近では社会保険加入の106万円を特に意識するパート労働者が増加しているようです。103万円を超えて収入があっても、大幅に上回らない限り所得税及び住民税はそんなに高額ではありません。また、配偶者特別控除の収入が150万円までは配偶者控除と同額の控除を受けられますので、さほど大きなデメリットは生じません。103万円の壁と言われる最大の要因は、パート労働者の配偶者が受け取る家族手当ではないかと思われます。家族手当の支給基準は企業により様々ですが、配偶者に対する家族手当は、「所得税法上の扶養親族」というような基準を設けることが多いようです。家族手当の額も様々ですが、5,000円から10,000円程度が多いように思います。これを失うことへの抵抗感が非常に大きいのではないかと私は思っています。最近では、正規非正規労働者間の同一労働同一賃金の観点から各種手当を廃止して基本給に組み込むなどの動きが見られますが、まだまだ中小企業においては様々な手当てが支給されているのが実情です。皆様の企業においても各種手当の必要性やその支給の趣旨や目的を吟味して改廃を検討されることが必要ではないでしょうか。
家族手当を除けば、103万円を超えるデメリットはそんなに大きくないことはご理解いただけたと思いますが、106万円の壁はそうはいきません。月額の賃金が88,000円の場合、社会保険に加入するとなるとおよそ月額13,000円程度の保険料が発生します。年間では156,000円です。社会保険料控除がありますので所得税は発生しませんが、家族手当も失うとすれば家計全体でみて200,000円以上の収入減となります。これが、パート労働者の収入調整の最大の理由です。しかし、社会保険加入は、単に家計の収入減を引き起こすだけではなく、将来の年金の増額やケガや病気で仕事を休まなければならない場合の収入補償と言ったメリットを享受することもできることを忘れてはなりません。月額賃金が88,000円の場合、老後に受け取る老齢厚生年金は1年間で約5,200円増えることになります。病気やケガで仕事を休む場合、休業4日目からは1日当たり約1,950円の傷病手当金を受け取ることができます。また、女性が出産をする場合、産前産後休業が労働基準法で保障されていますが、産前産後休業の間、傷病手当金と同額を出産手当金として受け取ることもできます。社会保険に加入するということは当然に雇用保険にも加入していますので、産休後の育児休業期間中には、雇用保険から育児休業給付金が育児休業取得後6カ月までの期間は賃金の67%、それ以降は50%を受け取ることもできます。更に障害厚生年金を受給することも可能です。女性に多い病気として股関節が痛くなり歩行に困難をきたす病気として変形性股関節症がありますが、ひどい場合には人工関節に置換する必要があります。この場合、障害厚生年金の3級に相当し年間約60万円の年金を受給することができます。このように社会保険に加入することは収入が減るデメリットのみならず、様々な給付を受けられるメリットがあることを知っておく必要があります。
話を元に戻しましょう。では、社会保険に加入した場合、必ず収入減となるのでしょうか?
国は社会保険加入促進対策として「キャリアアップ助成金」に社会保険適用時処遇改善コースを設け、事業主が社会保険料相当額を「社会保険適用促進手当」として労働者に支給する場合、事業主に対して労働者1人当たり3年間で最大50万円を助成するとしました。受給するためには様々な要件を満たす必要がありますが、労働者にとっては、社会保険に加入しても社会保険料を事業主が負担してくれるため収入減とはなりません。また、労働時間を延長して社会保険に加入する場合にも助成金を受給できる場合もあります。現在は、時限措置であるこうした助成金を活用して労働者の収入減少を補うことも検討に値すると思います。
今後、106万円の基準が51人以上の企業等からすべての企業等に適用拡大されるのであれば、社会保険加入のメリットや労働時間を増やして収入を増やすことのメリットをパート労働者に適切に理解してもらえるように企業等が丁寧な説明を行っていくことが求められます。それを怠ると年収調整は改善せずに、必要な時季に必要な労働量を確保できないリスクにさらされることとなります。
社会保険にはこのほかにも130万円の壁があります。収入が130万円以上となった場合に、配偶者の被扶養者から外れてしまうことです。被扶養者というのは、健康保険法における概念ですが、被扶養者であるということは国民年金法における第3号被保険者であることも同時に満たします。(ただし、満20歳以上で満60歳未満である必要があります。)被扶養者であり第3号被保険者であるということは、健康保険の保険料及び国民年金の保険料を自ら負担しなくても良いということです。これは非常に大きなメリットがありますね。しかし、収入が130万円以上となった場合には、被扶養者から外れなければなりませんので、社会保険に加入する要件を満たしていれば社会保険に加入し、そうでなければ国民健康保険及び国民年金に加入し自ら保険料を負担する必要があります。しかし、この問題は、106万円の壁が撤廃されれば、自ずと解消されるでしょう。
最後に、政府は最低賃金を10年以内に1,500円まで上げることを目標にしています。仮に88,000の月収を1,500円の時給で稼ぐとすると月に58時間程度しか働けません。1週にすると13時間程度です。これでは、企業等にとってはパート労働者が戦力になりません。働き方は様々であり、それを可能にするのが今後の多様性に適応した企業の姿であると思いますが、働く時間を長くしたいが、社会保険に加入して収入が減少するのは嫌だと考えるパート労働者に必ずしもデメリットだけではなくメリットもあることをしっかりと理解してもらわなければなりません。今まで以上に、労働者に対して適切かつ丁寧な労働条件の説明を行うことが求められるのではないでしょうか。