先日は少し早めですが、新入社員の歓迎会を兼ねて事務所の忘年会を行いました。焼き肉屋で美味しい肉を食べましたが、年には勝てないのか、あっさりした鳥のせせりが一番美味しく感じました。1年を振り返り、事務所の皆がお客様のためにと精一杯頑張ってくれたことが何よりも嬉しく、成長を感じました。素晴らしき仲間に恵まれて我が身の幸福を実感しました。
さて、今回は、先日ご相談を受けた従業員の無断での残業や休日出勤について考えてみましょう。こうしたケースは、基本給などの賃金総額が低額の場合に起こり易くなります。生活をするのに必要な賃金を獲得できない為に、生活残業と言われる残業代稼ぎを従業員が行うのです。ここで、従業員が会社の命令もなく残業をすることの是非については法的にどうなのでしょうか?労基法では、法定労働時間を定め、36協定の締結、届出がない場合には、法定労働時間を超えて労働させることを禁止しています。労働契約上、残業や休日出勤をすることが労働条件となっており、適切に36協定が締結、届出されている場合には使用者は残業や休日労働を36協定の範囲内で命ずることができることになります。それでは、使用者からの命令がない場合に、残業や休日出勤が果たして可能でしょうか?従業員は、会社が期待する労働義務を誠実に果たす必要があります。所定労働時間内に業務を完遂できない場合に残業をしなければ会社が求める成果を挙げられない場合に、致し方なく残業を行うことは往々にしてあるでしょう。この場合、上司に残業をする旨を申告し、承認を得れば問題はないでしょう。しかし、申告の内容や所定労働時間内の業務の遂行状況を勘案して上司が承認をしない場合には、残業をすることは上司の指揮命令に反することとなり、職場の規律を乱す行為となります。しかし、それでもなお、勝手に残業をする従業員がいるとすれば、上司としては、注意をする以上のことができるのでしょうか?ご相談を受けた会社では、実際このようなことが頻繁に起こっており、残業のみならず、休日も勝手に出勤をしていることが判明しました。勿論、従業員からは、残業に対する割増賃金及び休日労働に対する割増賃金を求められました。残業を承認せず、休日出勤も禁止と命じていたのにです。
労働時間は、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」とされています。上司は、労基法上、使用者に該当するため、上司が命令していない残業や休日出勤は労働時間とはならない、と考えるのが素直な解釈です。しかし、裁判例においては、命令をしていない、又は承認していない場合に従業員が行った残業は、使用者の黙示の命令があったものとして労働時間とされることがほとんどです。このようなことを防止するためには、残業や休日出勤の申告許可制を徹底していることが必要です。ヒロセ電機事件という裁判例では、『就業規則では、残業は直接上司が命じた場合に限り、上司が命じていない残業を認めず、残業命令書に「上司の命令の無い残業は認めない」旨が記載されており、従業員もその内容を確認して印を押していたという事案において、実際の運用としても、申告があった場合には、本人からの希望を踏まえて、毎日個別具体的に残業命令書によって命じられていたこと、実際の残業時間を本人が「実時間」として記載し、翌日それを上司が確認していた』として事前申告許可制が適切に運用されていたことを理由に残業代の請求を労働時間ではないとして認めませんでした。
しかし、私がご相談を受けたケースは、終業時刻後に帰宅するよう促し、残業申告を拒否したにもかかわらず、残業を行ったケースです。ここで、確認しておくべきことがあります。それは従業員に割当てた業務量についてです。残業命令を発せず、申告を承認していない事実があってとしても、到底、所定労働時間内で完了する業務量を大幅に超えた業務を割当てているのであれば従業員は職務精励義務により残業をせざるを得ない状況になります。このように従業員の能力を超えた業務を与えている場合には、黙示の残業命令があったと判断されます。人手不足の昨今、1人当たりの業務量が増加していることは否めません。そのような場合には、先ず、適正な業務量であるのかを確認検討する必要があります。相談を受けたケースでは、他の従業員は全て定時に帰宅しており、その従業員のみが過大な業務を割当てられている訳ではありませんでした。完全に生活残業であり、周りの従業員に対して「残業をすれば給料が増える」とまで話していたそうです。上司は、あきれてものも言えないと放置することを決め込んだとのこと。しかし、これは残業を黙認することに他なりません。指揮命令違反として懲戒処分を科す、事務所の鍵を施錠して追い出すなど徹底する必要があります。
ヒロセ電機事件のように徹底して申告承認制をとっているとしても、実際にはそれに従わない従業員は放置していれば、黙示の命令があったと見做されます。休日出勤にしても会社の鍵を従業員に渡しているため、勝手に出勤しているのであれば、鍵を取り上げることも必要でしょう。労使の信頼関係があって初めて働きやすい職場環境が維持されます。従業員の長時間労働を防止し健康に対する配慮を使用者が行っていても、従業員がそれを理解しない又は、理解をしていても生活するに必要な賃金を得ていないのであれば、勝手な残業などはなくなりません。勿論、生活残業によって従業員の生活水準が必要以上に向上していることを積極的に認める必要はありませんが、労基法第1条が定める「人たるに値する生活を営む」ことができる水準の賃金を支給することは使用者に求められています。諸物価上昇の折、一度、自社の賃金水準を見直すことも必要ではないでしょうか。併せて、残業等の申告承認制度の徹底した運用に取り組むことが求められます。