人材定着のための具体的な処方(47)

明日から師走入りです。毎年同じことを思う自分にふがいなさを感じます。「今年一年、何ができたか」を振り返りますが、何も自分の成長になることをしていません。まあ、それも人生と笑い飛ばすのも良いですが、経営者としては失格ですね。来年は、事務所の所長も次の世代にバトンタッチします。来し方を振り返り、この先の人生に思いを馳せて充実た日々を送りたいものです。

 

さて、今回は、最近、顧問先事業場に多い労働局の調査のテーマである、正規非正規労働者の同一労働同一賃金について考えてみましょう。正規非正規労働者の同一賃金の根拠となる法令は、パート有期労働法です。令和3年4月1日から中小企業も適用となり全面施行となりました。パート有期労働法は、正規非正規労働者間の 「不合理な待遇格差」を解消することを目的としています。正規労働者はいわゆる正社員であり、非正規労働者は、パートタイマーや契約社員などです。パート有期労働法では、基本理念として、「短時間・有期雇用労働者及び短時間・有期雇用労働者になろうとする者は、生活との調和を保ちつつその意欲及び能力に応じて就業することができる機会が確保され、職業生活の充実が図られるように配慮されるものとする」と定められており、「意欲及び能力に応じて就業」できる機会と「職業生活の充実」が主眼となっています。事業主の責務としては、「適正な労働条件の確保、教育訓練の実施、福利厚生の充実、正社員への登用の推進」などが定められており、基本理念と対応した責務を負うことが明示されています。

 

元々、パートタイマーなどの短時間労働者は、正社員と比較して安価な賃金で雇用されることが多く、教育訓練なども十分に受ける機会が少ないことが指摘されていました。今でも最低賃金で働くパートタイマーは多く、基幹業務を担っているにもかかわらず、十分な労働条件が確保されていないことがあります。基本理念の「意欲及び能力に応じて就業」するためには、モチベーションの向上と教育の機会の確保が必要であり、その責任を事業主が負っている訳です。モチベーションの向上という意味において、同一労働同一賃金は大きな役割を果たすと私は考えています。生活をするための糧である賃金ですが、仮に賃金が正社員と同じであれば、正社員と同様の評価を受けていると考える労働者は多いはずです。パートタイマーであることは、あくまでも働く時間が短いということであり、能力の相違が当然にある訳ではありません。労働政策研究・研修機構が行った12年ほど前のキャリアに関する調査では、30代前半が能力のピークであり、その後低下していくとの回答が多かったとしています。ただ、男女によるピークの違いも指摘されており、女性は、結婚、出産などの事情があり30代以降も能力が向上するという傾向があるとのことです。女性のパートタイマーは子育て世代または子育てを終えた世代が多いと思いますが、いったん家庭を中心とした生活から仕事との両立という生活に移行して尚、能力が向上しているということです。このデータからすると、パートタイマーの能力が低いがために低賃金であるとは言えないことが推測できます。正社員と比べて補助的業務しかしていないということが言われます。能力が低いから基幹業務を任せられないということでしょうか。日本の企業では、企業内教育が主であり、人材の育成が大きな課題となっています。正社員は適切な教育を受ける機会が確保されているのに対して、パートタイマーはそのような機会が確保されていないことが多いように思います。基幹業務を任されていないのは、教育の機会が確保されていないことが原因でしょう。ちょっと待って!との声が聞こえてきそうです。私は先に、「基幹業務を担っているにもかかわらず、十分な労働条件が確保されていない」と書きました。矛盾していますが、大企業においては確かに補助的業務を行うパートタイマーが多いでしょうが、中小企業や零細企業においては、まさに基幹業務を担っているパートが多いのです。では、中小や零細企業では十分に教育の機会が確保されているかというとそうではありません。人材不足から致し方なく基幹業務を担わせていると言えるのではないでしょうか。しかし、よく考えてみると、そのような理由であれ、パートタイマーが基幹業務を担っているということは、それに見合う能力を保有しているということです。そうだとすると、低賃金の原因はどこにあるのでしょうか?私が顧問先と話をする中で感じることの多いのは、「パートタイマーだから」と言うものです。これは短時間の労働者であるということを理由としているように聞こえますが、実はそうではありません。多くの中小零細企業の経営者は、正社員とパートタイマーの社内における位置付けが異なることを認識しているのです。つまり、正社員は会社の将来を担う有為人材として成長することを期待され、パートタイマーはそれぞれの望む働き方や役割に応じてその保有する能力の発揮を期待されているのです。ただ、その違いを明確に言語にすることに経営者が慣れていないのではないかと推察します。

 

パート有期労働法に定める同一労働同一賃金の考え方は、正社員とパートタイマーの社内における位置付けの相違を明確にすることにより、両者間の不合理な待遇格差を解消するツールです。同一労働同一賃金の原則的な考え方は、「均等均衡待遇」です。均等待遇は、職務内容(業務内容及び業務における責任の程度)と人材活用の仕組みの両者が就労する全期間において同一である場合には、賃金、教育、福利厚生などの処遇において同一であることを求めるものです。これに対し均衡待遇は、職務内容と人材活用の仕組みの他にその他の事情を考慮して、賃金、教育、福利厚生(ただし、福利厚生施設の利用は同一)などの処遇において不合理な格差の排除を求めるものです。業務の内容については、その業務の中核的業務に付いて検討する必要があります。例えば小売業における販売職について、中核的業務が物の販売、在庫管理、受発注であるとすると正社員は中核的業務の全てを行うのに対し、パートタイマーは物の販売のみを行うとすれば、業務内容が異なることとなります。また、責任の程度については、正社員は顧客からのクレームに対応し、部下の育成責任を負うが、パートタイマーはクレーム対応も部下の育成も行わないとすれば、責任の程度も異なることとなります。更に、正社員は、各地の店舗に転勤となることがあるが、パートタイマーは転勤がないとすると人材の活用の仕組みも異なることになります。そうすると、均等待遇が求められるケースではなく、均衡待遇が求められるケースであることが分かります。

 

均等待遇が求められるケースではない場合、職務内容や人材活用の仕組みが異なる訳ですから、正社員とパートタイマーの処遇が異なることは認められるわけです。しかし、処遇の差異が「不合理なもの」であってはなりませんので、その他の事情として、例えば、パートタイマーの経験や能力を考慮して賃金額を決定する等の処遇を行う必要があります。

ここで「賃金」とは、基本給や各種手当、賞与及び退職金を言います。基本給は、時間給換算して比較することでその際が明確になります。均衡待遇が求められる場合には、基本給の違いが不合理でない程度であることが必要です。長澤運輸事件という裁判の前は、手当等を含めた支給総額の何%程度であれば不合理ではないという裁判所の考え方がありましたが、長澤運輸事件の裁判において、賃金を支給する趣旨や目的に照らして、正規非正規の賃金の相違を検討すべきであり、支給総額の何%とする考え方を否定しました。そうすると、正社員とパートタイマーの基本給の相違を説明するには、職務内容や人材活用の仕組み及びその他の事情を考慮して適切に説明がつく水準である必要があります。例えば、業績に対する寄与度などが参考になるのではないでしょうか。賞与はその支給の趣旨が多くの場合、期間利益の分配であるため賞与も貢献の度合いに応じて支給するとの考え方ができます。しかし、賞与は労働の対価の後払いであるとの趣旨で支給しているとすると、長期で勤務することが予定される正社員は、その後払い部分の支給であり、パートタイマーは、時給ですべて清算しているとの説明により、パートタイマーに対して賞与を支給しないことも不合理とまでは言えないと判断される場合があります。しかし、一般的に賞与に対する認識は、貢献の度合いに応じた期間利益の分配であると思いますので、ターとタイマーに対する賞与の不支給は、不合理な格差と判断されることがほとんどでしょう。退職金についてはメトロコマース事件において最高裁が、契約社員に対して退職金を不支給としたことが不合理な待遇差までとは言えないと判断をしました。また、厚生労働省は統一労働同一賃金に関する外ドレインを公表していますが、ガイドラインでは退職金については直接言及していませんが、基本給や賞与と同様に考える必要があります。

 

全ての働く人々が、意欲をもって能力に応じて、自己の選択する働き方をして適正な処遇を受けることが求められます。職務内容の違いや人材の活用の仕組みが異なるからと言って不合理な格差を設けることは働く人の人権を侵害する行為にもなります。労働者が人たるに値する生活を送れるような処遇をすることが何を置いても優先されるべきでしょう。憲法に定める労働の義務は、国民の幸福の追求を担保するものです。経営は目先の利益を負うのではなく、社会の一員として国民の幸福のために行う視点を欠いてはなりません。